病理学のめざす研究とは
 病理学とは、"疾患の本態を解明する学問"であり、その基盤として形態学を用います。すなわち、疾病をまず細胞・組織の形態学的変化として捉え、その変化の推移を観察して、疾病の発生・進展の経過を認識します。さらにその変化を来す要因を、分子・遺伝子レベルで追究することによって疾患の本態を明らかにしていきます。
病理学は患者さんの診断・治療と密接に繋がる
 病理学の研究のはじまりは、疾患の形態像の把握にあるので、病理学の実践はすなわち、疾病の形態学的診断に繋がります。これが"病理診断学"とよばれる分野であり、現在の医学では"がん"の最終診断は、病理診断学に拠らざるを得ません。よって、当研究室では"がん"の正しい病理診断を行うことに最大の努力を払っています。その為、様々な病理診断のトレーニングは上級医と十分な時間をかけてマンツーマンで行います。
一方、疾患の本態の解明が出来れば新たな治療法の開発に繋がります。 がん”の分子標的治療がそのよい例であり、がんの増殖・進展に関わる分子や遺伝子の変化を見出すことができれば、それが治療の標的となります。
病理学研究室の研究テーマは臨床に役立つものでありたい
 病理学研究室の研究テーマは常に、臨床において患者の疾病の診断や治療に役立つものでありたいと考えています。 すなわち病理学的診断については、その精度向上や新たな診断マーカーの開発に資するものであること、治療については、将来を見据えて治療法の開発に役立つ疾病の蛋白や遺伝子レベルでの変化を見出す事をめざしています。 最近では特に社会的に問題となっている中皮腫に焦点をあてて研究しています。
アスベスト曝露によって“がん”が生じる:
 中皮腫は、胸膜、腹膜、心膜、精巣鞘膜に発生するまれな腫瘍(日本での年間の発生数は1500例程度)ですが、その80~90%がアスベスト(石綿)を扱う職業に従事してきた労働者やアスベスト製品の使用者に発生することが明らかにされ、職業病あるいは公害として社会的関心を集めています。
 当研究室では以前からこの腫瘍についての研究を続けてきましたが、昨今の中皮腫の増加(1970年代〜1990年代のアスベスト使用による)と社会からの要請によって、当研究室が日本における中皮腫の病理学的研究のセンターと位置付けられています。現在行っている研究は先に述べた“病理学的研究のあり方”をふまえて、以下のようにまとめられます。
中皮腫の病理学的診断精度の向上について:
 これまでの日本の中皮腫の病理診断はその約15%が誤診であったことを明らかにしています。中皮腫の診断精度の向上をはかるためには、適切な免疫組織化学的染色を行うことが重要で、そのマーカーとなる抗体の開発研究を行っています。
Accuracy of pathological diagnosis of mesothelioma cases in Japan: Clinicopathological analysis of 382 cases
中皮腫の生物学的研究について:
 アスベストによる発がんのメカニズムについては、未だ結論が出ていません。DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現の網羅的解析から、中皮腫の発生・増殖・進展に至る過程に関わる遺伝子・分子の変化を明らかにし、さらにその中から中皮腫の新たな診断マーカー、治療標的を見出すことをめざしています。
Accuracy of pathological diagnosis of mesothelioma cases in Japan: Clinicopathological analysis of 382 cases
中皮腫の治療について:
 中皮腫の治療法のひとつとして有望な分子のヒト化抗体の開発の一翼を担っており、中皮腫におけるその分子の発現などを研究しています。既に我々の研究データを基盤にした臨床試験がフランスで始まっています。
肺癌はどのようにして発生するのか
 1) マスタードガスに曝露された傷害者には、中枢型の扁平上皮癌が多く発生しますが、その過程として、過形成→ Dysplasia(異形成)→上皮内癌→浸潤癌という多段階的な発癌過程があること、それらには遺伝子異常の蓄積があることを明らかにしています。
 2) 近年急増している肺癌は末梢型の腺癌ですが、その中には、異型腺腫様過形成(AAH)→上皮内腺癌(AIS)→浸潤型腺癌と進展する例があること、さらにこれらの変化には遺伝子異常の蓄積があることを明らかにしています。
 3) 肺腺癌、肺扁平上皮癌では、各種のがん抑制遺伝子の異常なメチル化がその発生や進展に関与していることを明らかにしています。
 4) 肺中枢型扁平上皮癌の多段階的発がん過程
肺癌の病理診断精度向上に関する研究
 原発性肺癌は腺癌、扁平上皮癌、小細胞癌など多くの組織型に分類されますが、これらは組織型によって治療方法や予後が大きく異なるため、病理組織学的鑑別診断がきわめて重要です。肺癌の病理組織学的診断はH&E染色標本の形態像と特殊染色、免疫組織化学的染色の所見を組み合わせて行いますが、従来の方法では組織型の決定が困難な症例も存在します。そのため、より診断精度の高い新規鑑別診断マーカーが求められています。
 当研究室では、肺癌の各組織型のRNA あるいは蛋白の発現, がん抑制遺伝子・がん遺伝子の欠失・増幅をそれぞれ比較することにより、肺癌の新たな診断マーカー、予後因子、治療標的を見出すことをめざしています。
バーチャルスライドを用いた診断精度向上のシステム構築に関する研究
  最近の技術革新により、診断に用いる標本(プレパラート)をデジタルデータに変換し、web上で診断する技術、いわゆるバーチャルスライドが全国的に普及してきました。病理形態学は、個々の診断医による診断の一致率が必ずしも高くなく、統一的な診断基準の作成が急務です。これを克服するためにバーチャルスライドの病理診断への応用は極めて有用で、そのためのシステムを構築中です。
2012
広島大学大学院 医系科学研究科
病理学研究室
2012
広島大学大学院 医系科学研究科 病理学研究室
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